文様ものがたり
文様に潜む祈りの影を光としてうつしとる
「文様」には、祈りの風景が在ります。表層的な「デザイン」ではありません。 そこには、人々の祈りや願いが込められ、神さまが潜んでいます。
出典:トトアキヒコ『日本の文様ものがたり』
(講談社2015年 はじめ書き)
文様というのは、単なるデザインではなく、日本人の祈りがかたちになったものである。祈りの影を光としてうつしとるのが唐紙師トトアキヒコの唐紙。 唐紙には、気配…陰影のゆらぎ…余白…面影…佇まい…など古来からの日本の美意識が不揃いの美として存在すると信じている。
うつしとり、うつろいゆく世界
文様を紐解くと、実は、そこには神さまが潜んでいます。
例えば、雲は実りと豊穣を表し、その地を豊かにします。水は変化や浄化を表し、その場の空気を浄め、龍や亀、鳳凰などは、霊験あらたかなお守りとして守護的な意味があります。桜(さくら)は、神さまの名前であり、「サ」とは、山の神さまのこと、「クラ」は鎮座するということです。春になると、山からサの神さまが降りてきて、さくらの木に宿り、花を咲かす。それによって、人々は、今年も神さまが山から降りてきてくださったということで、五穀豊穣の願いを奉げた…それが、さくらの名前に関係しています。他にも、旧暦の五月、皐月(さつき)も「サ」がついています。田植えする女性の方々は「早乙女(さおとめ)」と呼ばれます、「五月雨(さみだれ)」は稲を育てるのに必要な雨。みなそこに、「サ」がついているのは、サの神さまとの関わりを表しているのではと思います。
文様は、単なるデザインではなく、柄や装飾と呼ばれるものとは、一線を画します。
意味や物語が宿っているのが文様であり、数百年・数千年単位で人間が伝えてきた力です。雲母唐長では、それらの力を写し取るのが唐紙だ、と伝えています。単に色が綺麗とか柄がとか装飾がとか、そういう類のものではありません。自然の力や八百万の神々の見えない力みたいなものが板木と呼ばれる木に彫られて、江戸時代から代々継承してきた中で、戦争も火事も地震も色々な天災も人災も乗り越えて、今、私たちの手元に残っています。そこには、長い歴史の中、先祖が命がけで守った力がさらにプラスオンされています。それらの見えざる力は、確実に、一枚の板木に宿っています。
その見えざる力を写し取れてこそ、初めて、美しい唐紙は生まれ、現代の私たちの暮らしに、神さまや自然の力、人々に祈りや物語が文様という光となって、移ろい、陰影のゆらぎ、美として顕れる訳です。
雲母唐長では、祈りや神さまの力が潜む文様のものがたりを写し取ることにより、人々が唐紙を通じて心穏やかであったり、しあわせを感じたり、ひいては、世界が平和であることを願い、日々、唐紙と向き合っています。
板木は生きている
「唐長に先祖代々伝わる板木は凄いんですよ、生きていますからね」 初めてお会いする人には必ず先祖が文字通り命がけで守り伝えた板木の話をする。 凄いとは何か? 生きているとは何か? それは文様にひそんでいる呪術的な力であり、板木を守り伝えた先祖や唐紙を愛した人々の魂の力。その気づきを得た日以来、ぼくの唐紙は大きく変化しました。
文字と文様
2010年2月にあるお寺で講演会をすることが決まっていたぼくは前夜眠れずにいました。そして、その日の朝方にふってきたことばが 「文様には呪能が宿る」 でした。「文字は呪能をもつ」とは、漢文学者・白川静さんの言葉です。「呪能」とは、文字が成立するときに人々が込めた「力」のことで、それは数千年の時を経た今もひとつひとつの文字に宿ります。 文様の起源は、この文字の起源にもつながり、どちらも呪術的な力を帯びて存在している。一方は文字として、一方は文様として、それぞれに異なる進化を遂げてきましたが、そこに潜むものは共通しています。そのことから、文様の捉え方、また唐紙というモノの捉え方が変わるとともに、唐紙に潜む文様の力を意味や物語とともに伝えるようになりました。
文様には、不思議な力があり、人間の祈りや自然、神さまの物語が潜んでいて、そこに唐紙の神秘性と意味を感じます。「文様は、祈りの風景である」という言葉は、これらの思想から生まれ、唐紙師トトアキヒコのphilosophyとなりました。
唐紙の文様に宿る意味や物語
当時、京都新聞が130周年を記念して、130人が京都から未来の日本へ向けて文化メッセージを発する京都創才というエッセイに記しましたが、文様には意味や物語が宿るということは、ぼくにとって大発見でした。そして、学術的にも唐紙の歴史的においてもこのことを体系立てて論じるということは、長く続いてきた唐紙文化の歴史において、とても革新的で新しいアプローチだと感じました。
もちろん、従来から、文様を吉祥や縁起ものとして伝えていましたが、意味や語りと共に唐紙を伝えながら、その人の暮らしやプロジェクトの為にあう文様をコーディネートして唐紙の受注を得、制作するというのは、全く新しい試みでした。
唐紙というモノに物語がひそんでいること、その物語が今を生きる人間の暮らしと共に生きてゆくことは、モノの愛着へとつながります。愛着…愛でるということは、心の豊かさにつながり、モノを大切にする心にもつながります。唐紙が長く大切につかわれるということは、世代を越えて長く愛でられ、結果的に唐紙文化の継承にもつながると考えます。
雲母唐長では、文様の意味や物語とともに唐紙を伝えることを続けています。
2013年、“相田みつを“の愛のあることばと文様にひそむ幸福の意味をあわせた「相田みつを&雲母唐長 幸運を贈るポストカードBOOK しあわせ」(ダイヤモンド社)が刊行され、2015年には、トトアキヒコの文様についての思想を1冊のエッセイにまとめた「日本の文様ものがたり」(講談社)を刊行。文様には意味や物語があることを伝え、唐紙に潜む呪術的な力について語られた本は初めてのことです。
その後、2020年には、「人生を彩る文様」(講談社)が刊行、「日本の文様ものがたり」(講談社)の続編となるトトアキヒコのエッセイと写真による「文様ものがたり」も21編新たに書き下ろしました。同年、トトアキヒコが祈りをこめて1枚1枚手摺した唐紙をもとに、千田愛子が優れた色感覚により配色を選び、組み合わせて手がけた美しい文様と色を通して、季節の移ろいや思いを伝える便箋帖「雲母唐長 文様レターブック」(青幻舎)を刊行。
命と命をつないできた唐紙と文様
雲母唐長は、唐紙を単なる伝統的な装飾紙としては捉えてはおらず、オーダーの相談の際には、デザインや柄と色の取り合わせで唐紙を選び、お勧めするだけではなく、文様という文化背景とともに、お会いしたその人のため、その家や暮らし、そのプロジェクトにどんな物語や価値があるのかを知ろうとします。それぞれの文様に潜む意味や物語をお客さんと共に語り合いながら、人生時間を共有し、その人にあった唐紙を一緒に選ぶプロセスを、とても大切にしています。人生は選択の連続です。その選択は時に人生を左右するほどの影響力をもたらします。何を選択し、何に囲まれてどのように暮らすかということはとても重要なことだと考えます。だからこそ、意味や物語とともに愛する唐紙は、その唐紙を愛する人たちの記憶や人生時間とともに、物語を紡ぎ愛着のある唐紙へと育つのだと思います。
私たちは、江戸時代より400年近く続いてきた唐紙の歴史と文化を継承するものとしての矜持を持ち、命と命をつないできたこの素晴らしい文化を美しい文様と共に届けたいと願います。